第14回世界大学オリエンテーリング選手権大会報告書

坂本 貴史
2004年度筑波大学在籍

報告


内容

  1. パフォーマンスがよくなった?
  2. Web-UOFJとして
  3. 就職活動
  4. 費用
  5. 慣れ
  6. 懐かしさ
  7. 食事
  8. 洗濯
  9. 他の選手
  10. 種目と準備
  11. リレー
  12. 最後に

パフォーマンスがよくなった?

日本では他のメンバーと比べて、タイムにして110~120%と、チームで最低でした。 しかし、ここチェコに来てからは100%前後のリザルトを出すことができました。 もっとも、それでも順位は60位前後でしたが。 今回の報告書は、この要因について書いていこうと思います。

Web-UOFJとして

2004年春に,日本学生オリエンテーリング連盟(以下日本学連)の公式ウェブサイト管理責任者になりました。 世界大学オリエンテーリング選手権大会(以下ユニバー)へ選手派遣を行っているのは、日本学生オリエンテーリング連盟です。 日本学連が適正に運用されていなければ、ユニバーへの選手派遣もないと考えていいと思います。 そのため、日本学連の仕事と強化合宿といったユニバーへの準備を両立することに努力しました。

何回か夜遅くまでの作業をしたりしましたが、こういった経験が、私に、より強いモティベーションをもたらしてくれたと思います。

就職活動

同時に、就職活動も行っていた。 私は2年の早春から目をつけていた1社にだけ就職活動を行っていたため、これに関しては他の大学4年生とは比べ物にならないくらい楽でした。 1社に対してだったので、かなり集中して活動する事ができました。 選考会の前日に面接がありましたが、これも仕方がないと、諦めと言うかそこは受け入れました。 結果、5月末に内定通知が来て、ひと段落しました。 1社だけだったため多少のプレッシャーはありましたが、逆に何とかなるのではないかと言う予感に突き動かされていたような気がします。 なので、さほど気負うことなく強化合宿やミーティングに集中できたと思います。

また同時に懐疑心もありました。 日本の失業率は過去最悪と言っていますが、少なくとも私の身の回りには、失業してその日を暮すのも精一杯という人を聞いた事がありません。 現在すんでいる茨城県でもそのような人は見たことがありませんし、実家のある青森県八戸市を中心とした地域は卒業論文の調査であちこち見て回りましたが、そのような人は一人も見ませんでした。 むしろ、昨年滞在したヨーロッパの諸国と東京都の駅周辺や公園で、そういった人をたくさん見かけたような気がします。 本当に、日本では失業者が多くなっているのでしょうか?

少し調べてみたのですが、日本において失業率は、下のように計算されているようです(2000年現在)。

つまり、失業中に求職している人でハローワークを訪れていない人はカウントされていないということです。 ハローワークへ行く人も多いかと思いますが、それ以上に就職情報誌や新聞の求人欄、もしくは事務所の求人の張り紙で職を探す人が大半だと思います。 しかし、そのような方法で求職している人は現在の失業率計算ではまったくカウントされていないようです。 また、就職が決まらないまま大学を卒業した人の多くは、しばらく実家で過ごす人も多いと聞きます。 確かに経年的には失業率は低下しているかもしれませんが、失業率の算出方法が現代人のライフスタイル・ものの考え方に合わなくなっているのでしょう。

こんな事実を知っていたので、逆に何とかなるのではないかと言う予感に突き動かされていたのかもしれません。

費用

ユニバーに関係する諸費用を下に示します。

収入 金額
今年度
- チャリティー 11351
- ときわ走林会 30000
- 愛好会OB会 68000
- 個人 50000
昨年度の繰上げ
- 個人 45200
- 愛好会OB会 11510
自己負担 103080
総計 336941
支出 金額
合宿費用 57,000
合宿交通費 29,630
エントリー関係費用 30,490
航空券 156,660
食料費 14,489
交通費 24,245
宿泊費 3,142
雑費 21,285
総額 336,941

表1. 収支
1$=110\, 1€=136\

今回は、昨年度の世界ジュニアオリエンテーリング選手権大会の時に支援していただいた援助金も利用しました。 それに加え、今年度もたくさんの支援をいただき、自己負担金は総額の35%となりました。 昨年、今年とたくさんの金銭的支援をしていただき、今回での金銭面でのストレスはほとんど感じませんでした(出資していただいていので、下手な成果は出したくないというプレッシャーはありましたが)。 出資してくださった皆さんには、感謝を言っても言い過ぎることはありません。 本当にどうもありがとうございました。

金銭面での不安を、たくさんの人達の支援で解消されたことも、私のパフォーマンスを向上させたひとつの要因であると思います。

慣れ

昨年の夏は1ヶ月半、ヨーロッパでオリエンテーリングばかりしていました。 そのおかげで、日本ではない国でオリエンテーリングをする事に慣れていたのでしょう。

日本以外の国でオリエンテーリングをする事は、選手にとってなかなかのストレスになる。 洗濯ひとつとっても、全自動洗濯機があるわけでなし、全て手洗い。 食事はおろか、スポーツに欠かせない「水」も、日本とは違う。 買い物をするだけでも日本と違います。

しかし、違いばかり強調しても仕方がありません。 ここは、「そんなもん」なのです。

懐かしさ

昨年ヨーロッパで知り合った何人かに会う事が出来た。 ニュージーランドの選手とか、O-Ringen Clinicsの時のコーチとか、とても懐かしい。 また、選手権の雰囲気もまた懐かしかった。 オリエンテーリング好きは、日本やヨーロッパだけでなく世界中にいるのだ。

チェコに到着した次の日、チェコの大きな大会に参加した。 (オーガナイザーによると、全日本のチェコ版のようなものといっていた。)

もちろん当日参加で。 人がたくさん来てた。 ちょこちょこ走るちびっ子から、よぼよぼ走る老人まで。 スタート枠に行くと、スタート役員が「日本語でこんにちはは、Good Morningの意味か?」とにこにこ聞いてきたから、「いや、それはHelloの意味さ」とか答えてたら、スタートが遅れた。 しかも同じ枠の4人全員が。 多分こいつビール飲んでやがるなとか考えると、笑えてきた。 日本じゃまずないな、こんなこと。 でも、だれも文句言わないでニコニコしてる。

誰だか詳しくは忘れたけど、確かスエツグ?(漢字が出てこない)陸上短距離で有名な日本人選手。 アジア記録を持っていたはず、確か。

ヨーロッパででかい大会に出場したときのこと。

練習用のサブトラックはアンツーカーで、表面もぼこぼこしてて、それでも、そのトラックでは出場する選手だけでなく一般の人も入って、運動して体を動かしていた。

それも、陸上運動とは関係なく。 日本では見られない光景。

でも、彼はなんとなく勇気付けられてモティベーションも高められたらしい。

そんな超有名人と自分がおんなじ気持ちになったとは言えないけどでもそんな感じだと思う。

テレインにも、懐かしさを感じた。 テレインの特徴は、昨年1週間ほどすごしたスウェーデンのペローラの家の周りに似ていた。 もっとも、向こうのほうがもっと岩がたくさんあった。 地図上で目立つ岩をチェックポイントにして進む事もした。

スウェーデンというと、周氷河地形のふにゃふにゃしたのをイメージすることが多いけどチェコのように、高低差が結構あるけど等高線がなだらかで、岩が分散しているところもある。 日本の日光みたいなテレインもあった。 テレインに対するストレスは、ほとんどなかった(と思いたい)。

食事

食事、あんまり深く考えて食べていません。

考えたことといえば

とは言うものの、日常の一人暮らしの中で、自然と栄養には気を使うことが身にしみていたから、いつもの感覚に任せた。

先述の全チェコ選手権(本当にそういうのかどうかわからないが)、つまりチェコに到着した翌日の2004/06/21(Sun)、昼食がかなり遅くなり、16時頃だったと思われる。 しかも、ピッツァ。 1人1枚の割合だったが、かなりお腹にきた。 ところがピッツァはなかなか脂肪分が多い。 そして夕食が19時。 みんな夕食を食べに行くが、お腹がいっぱいなのと、飛行機疲れ、時差ぼけ、オリエンテーリング疲労で、自分は夕食を抜いてぐっすり休むことにした。 加賀屋さんが心配して見に来てくれたので、あらかじめ言っておいたほうがよかった。

それからミーティングをはさみ翌朝まで、本当にぐっすり休んだ。

翌日、つまりロングの前日になる。 朝目覚めると、空腹感。 すばらしい!!この日は、午後の開会式しかなかったが、ふんだんに食べた。 朝は軽く済ませて、体が栄養をほしがる状態にしておき、昼食・夕食は出されたプレートを2枚食べた(本当は1人1枚だったのかな?)。

カーボローディングというには無計画甚だしいけど、レース前の調整ということで。 たぶん極端な満腹・空腹が副交感神経への刺激により、時差ぼけの調整にもなっただろう。

特に気をつけたのはこの2日くらい。 あとは先述のとおり食事した。 そういえば、どうも野菜っ気が足りない気がしたので、トマトを10個くらい買ってきて、レース後に食べたりした。 あと捕食として、チームではワッフルとオレンジジュースを、個人ではライ麦パンと蜂蜜と水を購入した。

西尾さんがロングでうまく体が動かせなかったと言っていたが、 遠征前ふかひろさんが前回のユニバーは食べすぎで失敗したというような話を気にしていたのか、十分な栄養が取れていなかったのではないだろうか。 どうもこちらのパンやパスタ中心の食事では、満腹感の割りに十分な栄養が取れていないような気がする。 そういえば、私もパンよりはパスタや米と肉が載ったプレートをよく食べていた。

100gあたり熱量
(kcal/100g)
1食あたり重量
(g)
1食あたり熱量
(kcal)
米飯 168 150 252
パン 264 60 158
パスタ(乾麺) 378 70 265

手元の栄養評価表を見てみた。 100gあたりの熱量は、だいたい米飯で168kcal、パン数種が264kcal、パスタ(乾麺)は378kcalである。 ただ、米飯は茶碗1杯で150gに対しパンは1枚60gほど、パスタは70gほどなので、計算すると米飯お茶碗1杯の熱量と同じだけの熱量を摂取するには、食パン2枚、パスタ1食を食べる必要がある(かなりの概算ですが・・・)。 男子選手なんてご飯は3杯とか食べるので(少なくとも私は)、それと同じだけの熱量を摂取するには、パンを6枚つまり一斤近く(ワォ!!)食べなければならない。 また水分含有量は、煮たりゆでたりする米飯やパンは50~60%となるのに対し、焼いたパンは30~40%である。 水分は消化に必要なので、パンを食べたときは、米飯を食べたときよりも20%~30%余分に水分を取る必要があると思われる。

パンで栄養を補給するときは、見た目の量に対してそんなに熱量は摂取できていないのを覚えておいたほうがいいだろう。 蜂蜜やジャムなどをつけて食べるなど、工夫が必要だと思われる。 また、必ず多すぎると感じるほどの水分と一緒にとったほうがいいだろう。

でも、おいしいものはちゃんとあるし、そんなに劇的に違うというわけではないので安心してほしい。 そもそも、チェコ人がおいしくないと思うものがチェコにあるわけでもなく、ましてそれが選手権で出されるわけはなく、チェコ人という同じ人間が普段の生活を営むに十分な食事があるはずである。 慣れようと思えば慣れるし、味わおうと思えば味わえる。 そんなもんなのである。

洗濯

学生の独り暮らしと、去年のおかげで慣れた。 しかも、あまり汗をかかない気候だったので、おなじTシャツ(もちろん普段着だけど)を4日くらい着まわすなどして、洗濯物の量は減らした。 トリムなどは水でごしごし洗って干すと、半日で乾いた。 それだけ乾燥しているのである。 洗濯物を増やさなければ、そんなに苦にしない。 多少汚れていても気にしない。 気にしない気にしない。 これぞアウトドアスポーツ。

他の選手

ロングの1番コントロールで現地との対応に手間取っているうちに、2分後のハンガリーの選手に追いつかれた。 そのうち対応ができてくると、彼とほぼ併走する事になった。 レース終盤に、彼がペースダウンし始め、給水所で動かなくなった。 どうしているのかなと思ったら、パン(給水係がランチとして置いたと思う)をかじっていて、「お前先に行け」のようなジェスチャーをしていて、そこで先行した。 彼は疲れ果てていたようだ。

また、スイスの選手にコントロール500m手前で出会い、そこでルートが分かれてアタックで先行した。 さらにその後のコントロールでコントロール手前の似たような地形に引っかかっている彼を見ながら、そこでも先行してコントロールを取ることができた。

こういった選手たちを見ていたら、「俺って場違いか?」といった類の恐怖感が消え去っていき、オリエンテーリングに集中することができた。 ユニバーには速い選手もいれば遅い選手もいるということが、実感できた。 また、「遅い」自分にも1レッグ1レッグ可能性があると言うことも実感した。

種目と準備

私の種目はロングとスプリント。 スプリントは世界中を見ても実施されたばかりでまだ実施形式に地域によってばらつきがあるのと、私自身経験がほとんどないので、今回はロングをメインとしました。 ロングへの準備と言っても、1:15,000のルートチョイス(レッグ線とほぼ平行なルート)と14.4kmを走りきるだけのタフさの2つを考えました。 チェコのテレインでは、道を使うか、特徴物を拾いながら直進するという2つのルートチョイスを想定していたので、トレーニングは主に体力面を鍛えるのと、その2つに応じたオリエンテーリングができるように、イメージトレーニングを重ねました。

体力面を鍛えると言っても、ユニバーまで2ヶ月しかなかったため特別なことはせず、長い距離を頻繁に走ることをしました。 また、ゴールデンウィーク中に岸壁で滑って左太ももの軽い肉離れをして2週間ほど軽い運動しかできなかった以外は、大きな怪我はありませんでした。

リレー

スプリントで小泉さんがひどい捻挫をした。 私はリレーの第1の控え選手だったので、リレーは小泉さんに代わり、第1走者として出走した。

リレーは集団から遅れれば遅れるほど不利になるため、スタート直後でも十分オリエンテーリングできるように、ウォームアップでは十分に心拍数を高め、筋肉を温めた。 リレーは1:15,000のため、前日のミドルのレストディにはモデルイベントへ入って、ロングに続き再度1:15,000の感触を確かめた。 スタートと同時にがんがん前に出た。

気づいたのは、決して回りから見劣りするようなスピードで走っているわけではないということ。 自分自身、ぎりぎりのスピードで走っているわけでもなく、走るスピードだけとると大差ない気がした。 そしてそのままあっさりと1番コントロールを見つけた。 周囲にいたランナーを先行させて、コントロール周りではゆっくりとパンチして、2番コントロールへ向けて進んだ。 同時にパンチした連中全員が、ほぼ(角度にして10度くらい)同じ方向に進んだため、右回りでコントロールに向かうのだなと考え、彼らについていった。

しかし、その判断は大きな間違いで、同時にパンチした集団のうち、私だけがパターンが違っていた。 途中でそのことに気づきルートを修正したが、ここで2分のビハインドを作ってしまい、その後先頭集団を目で捉えることはなかった。 そしてそのまま、変化のわかりにくい点状特徴物でミスを重ね、トップ集団から10分遅れでゴールした。

男子チームは、事前のミーティングで小泉さんがトップ集団+3分ほどという競った状態で帰ってくる予定で準備を重ねていた。 そのため私が出遅れてしまったことが、後続のメンバーのパフォーマンスを低下させてしまい、目指していた入賞から大きく下回る18位でフィニッシュした。

バンケットで、GBRのメンバーと話す機会があった。GBRの第1走者だった青年は、私のことを指して言った。 「日本人にあんな走りをするやつがいたなんて…」彼が言うには、私が第1走者の先頭集団を引っ張っていた、・・・1番コントロールまで。

あの時、判断を間違っていなかったらどうなっていただろうか?他の選手に利用されていた? もっと的確に判断する余裕は大いにあった?集団から遅れなかったら、限りなく想定どおり戻ってくることができた? その言葉を聞いて、崩れ落ちるような衝撃を受けた。

最後に

こうやってつらつらと書いてきましたが、自分がそれなりのパフォーマンスを示すことができたのは、やはり昨年の中期(?)海外遠征と、 国内のあちこちで様々なオリエンテーリングを経験してきた結果、 そして日本においては競技だけではないオリエンテーリングの様々な部分に関係していたからだったような気がします。 そういった経験の中で、よりストレスのない方法を選択したり、精神的に準備することができたり、 大会関連でこれから先に起こることを予想したりと言ったことが、自然に出来ていたからだと思います。

しかし、ユニバーのレベルをみると、今の私の実力では全体の2/3にしか入ることができません。 日本のオリエンテーリングにはなかなか課せられない課題「スピードを上げたオリエンテーリング」とそれに付随する「ボディバランス」、 そしてスピードを出しながらの「適切なプランニング」と「適切な判断」を克服する必要があります。 しかし今回は、「環境への適応」と「世界大会への適応」が出来ていたので、これは進歩でした。

2006年の世界大学オリエンテーリング選手権大会は、チェコの隣国スロバキアで行われます。 陸続きとは言っても、チェコとはテレインの質が違っていました。 2006年を狙っている選手には、ぜひ2005年の夏に海外遠征を経験して欲しい。 それも、思いっきりCheapでPoorな旅程で。 オリエンテーリングをしている限り、世界のオリエンテーリングは優しいです。 ぜひオリエンテーリングを通じて、いろいろな人と出会い、オリエンテーリングのない日常では味わえないような経験をしてきて欲しいと思います。

実はこの報告書、締切から1ヵ月半ほど経っています。 最後まで迷惑をかけっぱなしだった加賀屋夫妻、今年もオフィシャルとして同行してくださった尾上さん、 日本学連技術委員長で強化合宿の際お世話になった西脇さん、強化合宿の際スタッフとして支援してくださったみなさん, そして一緒に遠征したメンバーと、リザーブメンバーの朴峠さん、川上くん、そして私の両親をはじめとして、 坂本貴史を支えてくださったみなさん、どうもありがとうございました。


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